根拠が明確でないもの、形式的なことはあまりやる気にならない。例えば神社で参拝するときの二礼二拍手一礼、これが作法なのだというらしいが、バカバカしくて吹き出しそうになる。昔の誰かが適当な理由を付けただけで、神様がそうしろと言ったわけでもあるまいに。
お祈りするときには住所と名前を言わないと神様に通じないとか、もうファンタジーの世界だ。いつ頃からこんなことを言い始めたのか。昔はこんなことを言う人はいなかった。誰かがもっともらしいことを言って、そこから始まったのだろう。そもそも神様がファンタジーだから、それはそれでいいのかもしれないが。
しかしなんでこんなことを盲信するのだろう。だから怪しい宗教法人に簡単に人が集まるのだろうか。人は思ったよりだまされやすいのかも。
仏壇に供えるものも偶数はダメとか。偶数は故人との縁が切れることを連想するからという理由のようだ。またバラは棘があるからダメ、アジサイは毒があるからダメとか。まったくバカらしい。故人が好きだったものをいくつでも供えればいいのだと思う。余計な理由はいらない。
なんか宗教関係に、変な決まりやタブーが多い気がする。タブーが多いのは後進的な証拠である。私は根拠が明確でないものはあまりやる気にならないし、やる必要もないと思う。